大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良簡易裁判所 昭和35年(ハ)196号 判決 1962年11月22日

原告 平田美代 外一名

被告 松岡正三郎

主文

被告は原告平田美代に対し、別紙第一目録<省略>記載の土地上、別紙図面<省略>中(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ホ)の各点を直線で結ぶ線上に築造した板塀を撤去して右土地を返還せよ。

被告は原告平田豊太郎に対し、別紙第二目録記載の土地上別紙図面中(ホ)、(ヘ)の両点を直線で結ぶ線上に築造した板塀を撤去して右土地を返還せよ。

原告等の各第一次請求はいずれも棄却する。

訴訟費用はいずれも被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、請求の趣旨

(1)  第一次請求の趣旨

「被告は原告平田美代に対し別紙第一目録記載の土地上別紙図面中(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ホ)の各点を直線で結ぶ線上に築造した板塀を撤去せよ。被告は右土地に対する同原告の占有を妨害してはならない。被告は原告平田豊太郎に対し別紙第二目録記載の土地上別紙図面中(ホ)、(ヘ)の両点を直線で結ぶ線上に築造した板塀を撤去せよ。被告は右土地に対する同原告の占有を妨害してはならない。訴訟費用はいずれも被告の負担とする。」

との判決を求める。

(2)  第二次請求の趣旨

主文第一項、第二項及び第四項同旨の判決を求める。

二、被告の申立

「原告等の請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求める。

第二、当事者双方の主張

一、請求の原因

(一)  第一次請求の請求原因

(1)  別紙第一目録記載の土地(以下本件第一の土地という。)は大和郡山市西岡町四九番地の一、宅地一〇一坪の一部であり、右土地はもと森田正信の所有するところのものであつたが、原告平田美代は昭和三五年一月一〇日同人から右土地の贈与を受けてこれが所有権を取得し、以後これを占有してきた。

(2)  別紙第二目録記載の土地(以下本件第二の土地という。)は大和郡山市役所及び奈良地方法務局郡山出張所各備付の同市西岡町の地籍図によれば前記原告平田美代所有の同市西岡町四九番地の一の宅地の一部となつているが、右地籍図の地番表示は同市西岡町に古くから伝えられ、同町の住民がその地番表示に従つている同町内地籍図の地番表示と相違しており、真実は、被告所有の同市西岡町四九番地の二、宅地二〇坪である。

(3)  而して原告平田豊太郎は昭和二九年春頃被告よりその所有にかゝる本件第二の土地を使用借りし、以後本件第二の土地を、同原告の家業である味噌製造に使用する、重石、蓋等の置場として使用し、これを占有してきた。

(4)  然るに、被告は昭和三五年七月八日突如原告等に無断で原告平田美代の所有し、占有する本件第一の土地上、別紙図面中(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ホ)の各点を直線で結ぶ線上と、原告平田豊太郎が使用し、占有する本件第二の土地上、別紙図面中(ホ)(ヘ)の両点を直線で結ぶ線上に、板塀を築造し、もつて原告等の右各占有を妨害するに至り、以後今日に至つている。

よつて原告等はそれぞれ本件第一の土地及び本件第二の土地に対する占有権に基づき、その妨害者である被告に対しそれぞれその土地上に被告が築造した板塀の撤去と、原告等の右各占有に対し今後妨害すべからざることを求める。

(二)  第二次請求の請求原因

仮に被告の原告等各占有の本件第一の土地及び本件第二の土地上における右板塀の築造により原告等の右各占有が喪われたとしたならば、被告は原告等の各占有を侵奪してこれを占有するに至つたというべきである。

よつて原告等はそれぞれ本件第一の土地及び本件第二の土地に対する占有権に基づき、その侵奪者である被告に対し、それぞれその土地上に被告が築造した板塀を撤去し右各土地を原告等にそれぞれ返還することを求める。

二、被告の第一次請求及び第二次請求の各請求原因に対する答弁

(1)  第一次請求の請求原因(1) のうち本件土地が大和郡山市西岡町四九番地の一、宅地一〇一坪の一部で、原告平田美代がこれを所有する事実、同(2) のうち本件第二の土地が大和郡山市役所及び奈良地方法務局郡山出張所各備付の同市西岡町の地籍図によれば同市西岡町四九番地の一の宅地の一部となつている事実、同(3) のうち被告がその主張の日時に本件第一の土地及び本件第二の土地上に主張の如き板塀を築造した事実及び第二請求の請求原因のうち被告が本件第一の土地及び本件第二の土地を現に占有している事実はいずれも認めるがその余の主張事実は全て争う。

(2)  本件第二の土地は真実前記官公署各備付の地籍図の地番表示のとおり、本件第一の土地と同じく大和郡山市西岡町四九番地の一の宅地の一部であつて、いずれも原告平田美代の所有するところのものである。

(3)  而して被告の先代が明治の頃原告平田豊太郎の先代より本件第一の土地及び本件第二の土地を借受け、その後被告の代になつてからは被告が引き続いてこれを使用し、占有してきたもので、原告等が右各土地をそれぞれ占有していた事実はなく、従つて被告の右板塀の築造は原告等からその撤去を求められる謂はない。

よつて被告は原告等の本訴各請求には応じられない。

第三、証拠関係<省略>

理由

本件第一の土地が原告平田美代所有の大和郡山市西岡町四九番地の一、宅地一〇一坪の一部であることと、本件第二の土地が大和郡山市役所及び奈良地方法務局郡山出張所各備付の同市西岡町の地籍図上、本件第一の土地と同じく、同市西岡町四九番地の一の宅地の一部と表示されていること及び被告が昭和三五年七月八日本件第一の土地及び第二の土地上に原告等主張の如き板塀を築造したことは原告等と被告間に争いがなく、また、本件第一の土地及び本件第二の土地を表示する各地点が原告等主張の如き地点であることは被告において明らかに争わないので、これを自白したものと看做す。本件第二の土地の地番と、その所有関係はさておき、第一次、第二次請求の各請求原因中いずれも原告等の本件第一の土地及び本件第二の土地に対する各占有関係及び第二次請求の請求原因中被告の本件第一の土地及び本件第二の土地に対する占有の取得方法については争いがあるので、以下これらの点につき合わせて判断する。証人川村徳治、同浜島トヌの各証言及び原告平田美代、同平田豊太郎の各本人訊問の結果と被告本人訊問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、「原告平田美代は原告平田豊太郎の孫娘、即ち同原告の長男平田一郎の長女であるが、もともと本件第一の土地を含む大和郡山市西岡町四九番地の一の宅地は代々平田家の所有するところのもので、原告平田美代は、昭和二二年頃、当時その所有名義人であつた、原告平田豊太郎の娘平田昌子(右平田一郎の妹)の夫で、同原告の養子であつた森田正信(旧姓平田)が右昌子と離婚し、同原告と離縁するに際し、右正信より贈与を受け、その所有権を取得し、昭和三五年八月頃その所有権移転登記手続を経たのであるが、本件第一の土地の東隣接地及び本件第一の土地と本件第二の土地の南隣接地には原告平田豊太郎の家業である味噌譲造業用の倉庫、蔵が存し、本件第一の土地は従前よりその敷地の一部として原告平田豊太郎においてこれを使用してきたもので、原告平田美代の所有名義となつてからも、従前の使用状態に変化はなく、同原告から原告平田豊太郎に使用貸しされてきた。また、本件第二の土地上には、かつて被告所有の鶏舎様の木造トタン葺小屋が存していたが、昭和二九年春頃原告平田豊太郎は知人の川村徳治を介して被告より被告所有の右小屋の除去と本件第二の土地を同原告において以後使用することの了解を得、その頃同原告において右小屋を取り除き、以後同原告は本件第二の土地を、本件第一の土地とともに家業の右味噌譲造用の重石、樽、桶、蓋等の置場として使用してきた。そして、同原告は昭和三三年頃本件第一の土地の東側及び右土地と本件第二の土地の南側にあつた味噌蔵を取毀して、同所に住宅を建築したが、右旧味噌蔵の廃材等も本件第一の土地及び本件第二の土地に存置され、また右各土地に対する原告平田豊太郎方よりの唯一の通路は、右味噌蔵の取毀後は本件第一の土地の東隣接地上の同原告方建物の北側の路次しかなかつた。而して、同原告は昭和三五年被告が前記板塀を築造した前に、本件第二の土地の西端に沿い、南北に板塀を設けたが、右板塀の設置についても、また、従前からの同原告の本件第一、第二の各土地の右のような使用状態についても被告からはなんらの苦情もなかつたのであるが、昭和三五年七月突然被告はその実弟松岡善三を通じて同原告に本件第二の土地を被告に使用させるよう要求し、これに対し同原告が了承する旨の返答をしなかつたのに拘らず、被告はその翌日原告等になんの断りもなく、本件第一の土地及び本件第二の土地上に前記板塀(その高さは約一、七五米)を築造し、なお、右路次と接する部分の板塀には立入禁止の標識を掲げ、これがため原告等の右各土地に対する出入りは全く閉されるに至つた。(なお、別紙図面中(ロ)点と(ハ)点の間は人の出入りするだけの余地はない。)一方、被告は本件第一の土地及び本件第二の土地の北側、別紙図面中北の溝の北接地上に存する家屋を所有し、これより右板塀によつて劃された右各土地内には自由に出入りすることができる状態にある。」との事実を認め得、被告本人訊問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と弁論の全趣旨とに照らして措信し得ず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定によれば被告の右板塀の築造により、従来原告平田美代が本件第一の土地に対して有していた占有(間接占有であり、直接占有者は同原告よりこれを使用借りしている原告平田豊太郎である。)及び原告平田豊太郎の本件第二の土地に対する占有(直接占有)は被告に侵奪され、以後被告がこれを占有するに至つたものというべきである。なお、被告の右板塀築造後原告等は早速被告を相手取り奈良簡易裁判所に右各土地につき、それぞれその占有権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として、不動産仮処分命令を申請し(本件第一の土地につき原告平田美代、被告間の昭和三五年(ト)第三八号不動産仮処分命令申請事件。本件第二の土地につき原告平田豊太郎、被告間の同年(ト)第三九号不動産仮処分命令申請事件。)、同年八月二二日同裁判所は右各土地に対する被告の占有をそれぞれとき、いずれも原告等の委任する奈良地方裁判所執行吏の保管に付す、被告は右各土地を使用し、これに家屋を始め一切の工作物を築造してはならない、趣旨の仮処分決定をなし、その頃右各仮処分決定の執行がなされたことは当裁判所に顕著な事実であるが、本件占有訴訟の判断にあたつては、右仮処分決定の執行により被告が原告等から侵奪した右各土地に対する私法上の占有はなんらの影響も受けず、また、原告等はこれにより被告の右侵奪行為により喪失した右各土地に対する占有を回復することもないのであるから、かゝる仮処分の存在は考慮する必要はなく、従つて、この仮処分の存在は前示判断にはなんらの影響も及ぼさないというべきである。

ところで原告等の第一次請求は、いずれも占有保持の訴(第一次請求の趣旨第一項、第三項)と占有保全の訴(前同第二項、第四項)とを併合した請求であるが、占有保持の訴は、従来の占有が依然として自己に存することを前提とし、この既存の占有状態に対し、他の新たな支配占有関係が介入して両占有が併存し、これがため自己の有する従来の占有が妨害され、薄弱になつた場合、旧占有者から妨害者に対しその妨害停止を求めるものであり、また占有保全の訴も、従前の占有が侵奪され、その回収をなし得ても回収された自己の占有がその後再び侵奪者から妨害せられる虞が存する場合に、占有回収の訴と併合して旧占有者から侵奪者に対しその回収と、回収後の妨害の予防を求めるのであれば格別、然らざる場合は、占有者の保有する従来よりの占有に対し、現実には未だ他の新たな占有支配関係が介入してはいないが、既存の占有に対する妨害の虞が存する場合にかゝる虞を生ずる原因を形成したものに対しその原因を排除し、妨害の予防等をなすことを求めるものであるから、叙上の説示によれば原告等の第一次請求は、いずれもその理由がないこと明らかである。

次に、原告等の各第二次請求について検討するに、右各請求は、いずれも占有回収の訴であるが、占有回収の訴は民法第二〇一条第三項により、その侵奪の時から一年内に提起すべきものであるところ、前示認定の如く本件第一の土地及び本件第二の土地に対する原告等の各占有が侵奪されたのは、いずれも被告の前記板塀築造の日、即ち昭和三五年七月八日であり、而して原告等は当初、同年九月二一日、右各第一次請求の、占有保持の訴及び占有保全の訴のみを提起し、その後昭和三七年八月一三日の本件第一四回口頭弁論期日において、いずれも同日附の準備書面に基づき、右各第一次請求に追加して、予備的に、それぞれ右第二次請求をなすに至つたことは記録上明らかであり、このことからすれば、右各第二次請求はいずれも右出訴期間経過後に提起された不適法な訴といえようが法が占有回収の訴につきこのような出訴期間を定めたのは、占有侵奪の状態も一定の時期を経過すればそのまゝ社会の平穏な状態となり、これを復旧することが却つてこの新たな事実状態の平和秩序の攪乱と見られることに鑑み、一定の期間経過後はたとえ訴の方法によるも原状の回復を許さないものとしてこれを定めたものと解されるところ、占有保持の訴と占有保全の訴はもとよりその要件を異にし、占有侵害の態様程度に対応して個別に発する請求権であつて、両者はその請求原因を異にするとはいうものゝ、両者はいずれも既存の占有権を基礎とし、その保護を求め、部分的(占有保持の訴の場合)と全面的(占有回収の訴の場合)との違はあれ、右占有に対する相手方の侵害の排除を求める請求権であり、これらの趣旨よりすれば、本件のように右一年の出訴期間内にいずれも占有保持の訴を提起してこれを維持し相手方の侵害につき争つてきた場合には、仮令形式的には右出訴期間経過後に、第二次請求として占有回収の訴を予備的に追加したとしても、被告の本件第一の土地及び本件第二の土地に対する右侵奪によつて取得した占有は、未だ保護さるべき平穏な新事実状態を形成するには至らぬものといわざるを得ず、従つて原告等の右各占有回収の訴は結局出訴期間を徒過しない適法な訴と解せられ、而して、前示認定によれば、被告は原告等に対し、右各土地の、原告等の各占有の侵奪者として、その占有をそれぞれ返還すべき義務ありというべく原告等の第二次請求はいずれもその理由があるものと断ぜざるを得ない。

よつて、原告等の右第一次請求はいずれもこれを失当として棄却し、右第二次請求はいずれもこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村瀬鎮雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例